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BUSINESS── ARTICLE 028── ── 14 MIN READ

一瓶に、7年。韓国The Veansの女性起業家が、高たんぱくピーナッツバターで日本の食卓を目指す理由

日本で人気の韓国の食べ物といえば、辛いものや麺。でも韓国から届き始めているのは、それだけではありません。大豆の粒を混ぜて、たんぱく質と歯ごたえを両立させたピーナッツバター「BeanCrunchy」。オーストラリアでビーガンの文化に出会い、韓国でサンドイッチ店を開き、輸出できる形を探してピーナッツバターにたどり着いたThe Veansのキム・エリン代表に、味づくりに何年もかけた理由、工場探しの苦労、そして日本で誰に届けたいのかを伺いました。

韓国の食べ物と聞いて、何を思い浮かべますか。 辛いラーメン、トッポッキ、チーズたっぷりのチキン。私もまずは、そんな赤くて熱い食べ物を思い浮かべます。

数字で見ても、その強さは本物です。韓国の農食品の輸出は、2026年上半期に53億8,190万ドルと、前の年より5.0%増えました。なかでもラーメンは9億3,540万ドル、27.9%増と、勢いが別格です。

ただ、同じ発表を読み進めると、別の流れも見えてきます。砂糖を使わない食品や、植物性の食品への需要にも、韓国政府は触れていました。3月に東京で開かれた食品の展示会FOODEX JAPANでも、日本の買い手が高たんぱくで健康を意識した食品に関心を示したと報告されています。

辛くも、麺でもない韓国の食べ物が、日本に向かい始めている。その一つを、思いがけない場所で知ることになりました。

KNGを運営するHoppersのダンカンさんから、「韓国のスタートアップが日本に来ている」と連絡をもらったのは10月のはじめ。その1社が、韓国でピーナッツバターをつくるThe Veans(ザ・ビーンズ)でした。

取材は夜の21時45分。夕食のあとに、代表のキム・エリンさんが時間をつくってくれました。

そして今回、韓国のピーナッツバターを世界に届けようとしている代表に、直接お話を伺えることになりました!

先に答えを言ってしまうと、BeanCrunchyは、たんぱく質の多い健康食品として生まれたわけではありませんでした。出発点は、オーストラリアで出会ったビーガンの文化と、「自分のつくったものを海外に届けたい」という思いです。

キム・エリン
WHO IS

キム・エリンKim Aerin

株式会社The Veans 代表

「栄養をよくすると、味が落ちる。その両方をあきらめない製品をつくりたかったんです」── キム・エリン(本記事の取材より)

  1. 海外でオーストラリアで、ビーガンに出会う約3年、飲食の仕事をしながら、どの店にもビーガンの選択肢がある食文化を知る
  2. 帰国後韓国で、ビーガンのサンドイッチ店を開く国の飲食店の創業支援で研修を受け、メニューを磨き、豆でつくるスプレッドが人気に
  3. NOWThe Veans 代表ピーナッツバター「BeanCrunchy」を開発。韓国の駅の売店や企業のギフト、海外へと販路を広げる

商品の開発から、原料の選び方、輸出の条件の確認まで、いまも自分で目を通しているという代表です。取材の席では、ダンカンさんが「このお話には本当に力がありますね」と、通訳の途中で思わずつぶやいていました。

夜景の見える会議室で向かい合う、DATA TIMES編集長の小笠原海人とThe Veansのキム・エリン代表
夜景の見える会議室で、キム代表に話を聞きました。
01

ピーナッツバターに、たんぱく質を足す

Q1小笠原

キムさん、遅い時間にありがとうございます! さっそくなんですが、The Veansは、どんなことをしている会社なんでしょう?

キム

韓国で「BeanCrunchy」という食品ブランドを展開しています。製品の栄養をもっと高めるために、フードテックの研究開発も続けているスタートアップです。

いちばんの製品は、たんぱく質の割合を高めたピーナッツバターです。

オレンジ色の背景に並ぶ、BeanCrunchyのオリジナルとカカオのピーナッツバターの瓶。手前にピーナッツバターとチョコレートを塗ったパン
BeanCrunchyのピーナッツバター。オリジナル(左)とカカオ(右)。
Q2小笠原

え、ピーナッツバターで、たんぱく質を高めるんですか! ジムに通う人が喜びそうです。どうやって実現しているんですか?

キム

栄養成分を分析して、どうすれば栄養面を高められるかの研究を続けています。同時に、味とレシピの開発も進めて、栄養とおいしさを両立した製品にしています。

栄養をよくしようとすると、どうしても味が落ちることがあるんです。そこで、味をあまり変えずに栄養を高めるためのレシピを、ずっと研究してきました。

木のスプーンですくった、粒の見えるピーナッツバターと、リンゴのスライス
大豆の粒が入ったピーナッツバター。サクサクした歯ごたえが特徴です。
02

なぜ、ピーナッツバターだったのか

Q3小笠原

それにしても、数ある食べ物のなかで、ピーナッツバターを選んで、ここまで深く取り組んできたのはなぜなんでしょう?

キム

実は私は、オーストラリアで3年ほど、飲食の仕事をしていたことがあります。そこで、ビーガンという文化を知りました。

ヨーロッパのように、どの飲食店にもビーガンの選択肢があるのを見て、韓国もいずれそうなるし、そうあるべきだと思ったんです。多様性のために。

韓国に戻ってから、ビーガンのサンドイッチ店を開きました。そのとき、豆でつくったスプレッドがとても人気だったんです。これを商品にしようと考えたとき、私はずっと輸出をしたいと思っていたので、常温で流通できて、健康的な材料だけでつくれるスプレッドを探しました。そこで、ピーナッツバターなら世界に流通させられると分かったんです。たんぱく質を増やして売れば、世界中の多くの方に喜んでもらえると思いました。

03

味をつくるのに、何年もかけた

Q4小笠原

とはいえ、ピーナッツバターをつくるといっても、経験がないと難しいと思うんです。そういう下地はあったんですか?

キム

韓国には、飲食店を始める人を国が支える取り組みがあります。私が参加したのは「青年キウム食堂」という事業で、5か月ほど実際に店で実習をしたり、メニューをつくったりしました。自営業についての研修も受けて、専門家のコンサルティングを受けながら、メニューを改善し続けた期間が1年ほどあります。

その後、サンドイッチ店を運営しながらメニュー開発を続けて、ピーナッツバターの味をつくるのに、さらに1〜2年かかりました。

Q5小笠原

味だけで1〜2年……! その間、誰かに相談しながら進めたんですか?

キム

韓国のお菓子メーカー、クラウン製菓の「チョコハイム」を開発された方が、顧問として、私たちのチョコレートのピーナッツバターをつくるのを手伝ってくださいました。助言を受けながら、最終的に今の製品ができたんです。

そうした時間を重ねて、製品開発の経験は、6〜7年ほどになりました。

白衣を着て研究室で原料を量る女性と、瓶の並んだ作業台、大きな機械で原料を加工する様子
研究開発と製造の様子。大学の研究者とも協力しながら、味と食感の改良を続けています(同社の資料より)。
04

駅の売店から、銀行のギフトまで

Q6小笠原

いまは、どんなところで売られているんですか? 一般のお客さんだけでなく、企業とも取引があると伺いました。

キム

韓国の鉄道会社KORAILの駅には、売店がありますよね。そうした場所に、私たちの製品が入っています。免税店に入るのと少し似ています。

それから、企業向けのギフトも手がけています。贈答用のセットがあるので、ハナ銀行など銀行の方面からもよく声をかけていただきます。製品を気に入ってくださる方が増えて、大きな会社の販路にも知られるようになりました。その販路で新しい製品を出していけることも、私たちにとって意味のあることだと思っています。

オレンジ色の背景に並ぶ、赤いBeanCrunchyのスティック包装
1回分ずつ持ち歩けるスティックタイプ。駅の売店やギフトにも向いています。
05

工場探しで、つまずいたこと

Q7小笠原

開発のなかで、大変だったことや、どうにか乗り越えたエピソードがあれば教えてください。

キム

エピソードはたくさんあるんですが、スタートアップにとって大変なことの一つを話しますね。何も分からずに起業したころ、製造を頼んだ業者にだまされてしまったんです。

当時は、工場を見極める目もありませんでした。今振り返ると、とても考えられないような設備だったのですが、そのときは分からなかった。無理のある契約を結んでしまい、製品を出荷する段階で問題が起きて、裁判にまでなりました。

2年かかりましたが、勝つことができました。大変な時期でしたが、国選の弁護士の方など、国の支援にも助けられて、無事に終えることができました。こうしたことは、ある程度は避けられない通過点なのかな、とも思います。

Q8小笠原

2年も……。本当に大変でしたね。そこから、今の工場にはどうやってたどり着いたんですか?

キム

ほとんど泣きながら、次の工場を訪ねました。実はそこも、調べてみるとあまり評判のよくないところで、本当の工場は別にあり、そこは仲介のような場所だったんです。でも、その代表の方が私を気の毒に思って、正直に教えてくださった。おかげで、きちんとした工場と取引できることになりました。

ただ、その工場も当時は成長の途中で、私たちが研究開発した製品を大量に生産する経験が、まだ足りませんでした。私たちの製品は、原料の配合がとても細かいんです。そのため、1〜2回は生産したものをすべて廃棄したこともあります。そうした時期を一緒に乗り越えて、今ではいちばん長く、とても良い関係を築いている取引先になりました。

Q9小笠原

せっかくつくったものを、全部……。それはつらいですね。その細かい配合は、どうやってつくってきたんですか? 開発のチームがあるんでしょうか?

キム

始めたころは、私1人でした。原料には、産地の違いがあります。塩一つとっても、天日塩もあればヒマラヤの岩塩もある。原料を1つずつ味見して、配合を決めていきました。それに1〜2年かかって、そのあとで、大量生産に合うレシピもつくり直しました。

今は、開発チームをつくっているところです。それでも、原料はできるだけ私がすべて確認しています。輸出で問題があってはいけないので、かなり厳しく見ています。そのせいで、海苔のチップス(キムブガク)の発売も遅れてしまったんですが、そのぶん、出すときには健康的でおいしい製品をお届けできると思っています。

06

日本で、誰に届けたいか

Q10小笠原

アメリカや中国にも展開されているなかで、日本に魅力を感じたのはなぜでしょう? どんな人に届けたいと考えていますか?

キム

日本は、健康を大切にするウェルネスの分野で、大きく成長している市場だと思っています。高齢化が進んでいて、たんぱく質の分野も伸びている。私たちの製品は健康的な原料でつくっているので、日本と相性がいいと思いました。

韓国では、20代、30代の方に好まれているブランドです。韓流の影響もあって、日本の若い方にも気に入っていただけるのではないかと思っています。ブランドづくりは20代、30代を意識していますが、栄養の面では50代、60代の方にも食べていただきたい製品なので、日本にはぜひ進出したいと思っていました。

Q11小笠原

50代、60代にも、というのは意外でした。でも確かに、日本でもたんぱく質を意識する人は多いですよね。日本では、どんなふうに広げていきたいですか?

キム

今日、市役所でお話ししたときにも、百貨店などのポップアップ販売で、消費者の方と直接会ってみてはどうかというアイデアをいただきました。そういう形で始められたら、とてもいいなと思っています。

それから、ジムと一緒に取り組んだり、ウェルネスのお店に置いていただいたりもしたいです。韓国では、高級な食料品店でも販売しているので、日本でもそうしたお店で、私たちの製品に出会っていただけたらうれしいです。

笑顔で話すThe Veansのキム・エリン代表
日本で届けたい人について話すキム代表。
END

ピーナッツバターが、日本の棚に並ぶ日

オーストラリアで見たビーガンの選択肢を、韓国のサンドイッチ店へ。サンドイッチのスプレッドを、輸出できるピーナッツバターへ。そして、韓国の駅の売店から、日本の百貨店やジムへ。キムさんの話は、いつも「次に届けたい人」に向かっていました。

日本は、世界で4番目に大きなウェルネスの市場とも推計されています(運動や旅行、美容などを含む広い推計です)。この先には、たとえばこんな景色が見えてきます。

  • 韓国食品の棚に、「毎日食べる健康」が並ぶ
    辛いものや麺の隣に、朝食やジムのあとに食べる植物性の食品が並ぶ。韓国の食べ物の入口が、刺激から日々の習慣へ広がっていく
  • ポップアップが、日本向けの開発室になる
    百貨店やジムで試食した声がデータになり、味や表示、包装が日本に合わせて磨かれていく
  • 世代をこえて食べられる
    若い人には韓国ブランドとして、年齢を重ねた人にはたんぱく質をとる手段として。同じ瓶が、別々の理由で選ばれる

この記事を、どんな視点で読むか

  • 食品や小売のバイヤーの方へ:辛いもの、麺の次の韓国食品として、植物性・高たんぱくの食品は、健康志向の売り場やギフトの棚と相性がよさそうです。まずは試食とデータで反応を確かめる、小さなポップアップから始められます
  • ジムやウェルネスの事業者の方へ:持ち歩けるスティックの形は、運動のあとの一口にもなります。商品を置くだけでなく、一緒にメニューや体験をつくる協業の余地がありそうです
  • 起業を考えている学生の方へ:キムさんの道のりは、国の創業支援で研修を受け、店を開き、商品にして、輸出へ、という一歩ずつの積み重ねでした。工場選びのような、教科書に載りにくい壁があることも含めて、ものづくりで起業するときの地図になるはずです
EDITOR'S TAKE ── 編集長・小笠原はこう読む

韓国食品の次の主役は、「毎日の健康」かもしれない

キム代表の話と、韓国の食品輸出の動きを並べて見えたことを、3つにまとめます。

VIEW01

「輸出できる形」から逆算する商品づくり

キムさんがピーナッツバターを選んだ理由は、流行ではありませんでした。常温で運べて、長く保存でき、健康的な材料だけでつくれる。世界に届けられる形から逆算して、商品を決めていたんです。海外を目指す食品の会社にとって、「何がおいしいか」と同じくらい、「何なら運べるか」が出発点になる。その順番の大切さを教えてもらいました。

VIEW02

一人の創業者を、国の仕組みが支えていた

飲食の起業を体験できる国の事業で研修を受け、裁判では国選の弁護士に助けられた。キムさんの話には、韓国の創業支援の仕組みが何度も出てきました。一人で始めた挑戦を、制度が下から支えている。日本で起業を後押しする仕組みを考えるうえでも、学べることが多い話だと思います。

VIEW03

ポップアップは、日本に合わせるための実験室になる

試食してもらい、感想をデータにして、味や見せ方を直していく。月1回のポップアップを「売る場所」ではなく「確かめる場所」として使うやり方は、言葉や好みの違う国に入っていくときにこそ生きるはずです。日本の消費者の声で磨かれた韓国の食品が、日本の棚に並ぶ。そんな日を、楽しみに待ちたいと思います。

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